自己紹介

はじめまして、ユミです。

 

以前はアメブロでブログを投稿していましたが、自分のブログが欲しくてこちらを開設しました。

 

アメブロ時代からご訪問くださってる皆様、いつもありがとうございます。

はじめましての皆様、どうぞよろしくお願いいたします。

 

長くなりますが、自己紹介をさせていただきます。

お付き合いいただけると幸いです。

 

【母一人、子一人】

 

 

わたしが生まれたのは、4階建てのアパートの2階でした。

最初から父はおらず、母とふたりの生活でした。

父という存在を知らなかったから、恋しいとは思いませんでした。

母が大好きだったし、母だけで充分でした。

決して裕福な生活ではなかったけれど、しっかりと食事がとれたし清潔な衣類もありました。

母はいつも優しくて、わたしを愛してくれました。

 

たったひとりの肉親である母を亡くしたのは、学生の頃でした。

ぽっかり空いた穴に親友たちが心を寄せてくれて、わたしは生きることができました。

社会人になり派遣社員として働きはじめましたが、特別にやりたいこともなく大好きだった乙ゲー(幕末志士の恋愛事情、薄桜鬼etc)や、少女コミックに夢中になっていたら、結婚適齢期をとっくに過ぎていました。

長い間一人暮らしでしたが、派遣が切られることはなく、生活はそれなりに潤っていました。わずかずつでも貯蓄ができていたし、医療保険に加入し、軽自動車にも乗ることができる生活。贅沢をしなければこのまま生きていけるんじゃないか、と思っていました。

結婚や出産にあこがれもなく、生活に大きな不満も抱かなかったのは、自分のことをよくわかっていたからだと思います。

自分がもって生まれたキャパを理解していたので、派遣で働きながら、時々お小遣いの範囲内でつつましく生きていくのが一番だと思っていました。

気づいたときにはオタクだったし、コミュ障でした。

学生の頃から付き合っている親友たち以外と親しく付き合うことがストレスだったし、仲良くなりたいと思える人にも出会いませんでした。

何人か交際した異性はいましたが、交際の延長上に結婚は見えませんでした。

 

あまりにも一人暮らしが長かったので、寂しいと感じることもなく、勝手気ままな独身貴族を謳歌できていたと思います。

 

そんな乾ききったわたしに、神様は最高の幸せを用意してくれていました。

前半の人生からは想像もできないような、至極光栄な出来事の数々。

贅沢すぎて夢をみているのかと疑いたくなるほどにありがたい毎日。

母を亡くして天涯孤独になったわたしに、幸せな家族ができました。

30代で全く接点のなかった農家に嫁ぐことになりました。

 

 

【出会いは交通事故】

 

夫との馴れ初めは交通事故でした。

自分の住んでいるアパートからはだいぶ離れた距離にある県道。

普段なら絶対に通らない場所なのに、そこで究極の出会いが待っていました。

 

信号待ちをしているわたしの軽自動車に、夫が運転する軽トラックが追突してきました。

初めは何事かと思いましたが、すぐに走ってきて運転席の窓越しに謝る夫をみて「こいつかー」と(笑)

お互いの自動車についているハザードランプをつけ、煙の出る棒みたいなのをおき、警察に連絡して事故車両の到着を待ちました。

夫は軽トラックの荷台から出荷用のパックに入ったミニトマトをもってきて、わたしに手渡してくれました。

「ごめんな。痛いとこないか?」

「これ家のトマト」

「〇〇ってとこから注文がきて、納品する途中だった。

途中にある道の駅にも寄ってきて、このトマトは売れ残り。」

など、ミニトマトを食べながら話しかけてくる夫。

 

はじめは「後ろから突っ込んできておいて、何を呑気にトマト食べてるん」と憤りをおぼえましたが、夫から出ている(かもしれない)マイナスイオンですぐに癒され、もう少しこの人と一緒にいたいかも、と思いました。

 

警察が到着し、手続き等を終え、お互いの連絡先を交換しました。

 

 

翌日夫から電話がきました。

「痛いとこはないか」

「お腹空いてないか」

「家は遠いんか」

など、クスっと笑ってしまう質問がいくつもありました。

 

何度か電話でやりとりし、食事にいく約束をしました。

名目は「お詫び」

いま思えばそれが初デートでした。

行先は「焼き鳥屋」

手羽先が大きくて、脂がのってるのに食べやすくて、塩で食べると絶品。

本当に美味しくて感動していると、わたし以上に「旨い旨い」と言って夢中で食べる夫。素で接してくれる姿に好感度アップでした。

この人と一緒にいると楽しいなーと思いました。

わたし、コミュ障で堅物なのに。

そんなこと全く気にならなかったし、気にせずに済む人でした。

 

交通事故での出会いから半年ほどたった日、夫の友人が経営しているイチゴ農家さんのビニールハウス内でプロポーズを受けました。

わたしたち夫婦にとって、ビニールハウスでの始まりはこの上ないくらいぴったりだったと思うし、最高のロケーションでした。

 

イチゴ農家さんとはそれ以降とてもよいお付き合いをしていただいています。

夫が家出した際もすごく心配してくれたし、夫の友達はみな素敵なひと、素敵な家族ばかりです。

 

【夫との結婚を意識した日】

コミュ障で堅物のわたしが、よく専業農家に嫁ぐ決心をしたなと思います。

 

そんな気持ちにさせてくれたのは、夫の人がらと、夫家族が育てた野菜の驚くような美味しさと、義両親の優しさでした。

 

まだ結婚を意識するには早すぎるかなーと思うほど、交際期間が浅かったとき、漫画が大好きだった夫が紹介してくれたのが、『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』でした。これが面白すぎるんだと絶賛したんです。

 

わたしは少女漫画が大好きでした。ハンサムな彼女とかセーラームーン、最近だとオオカミ少女と黒王子、俺物語、コーヒー&バニラ。

男兄弟も父もいない生活だったから、男性コミック(少年コミック)には縁がなくて、テレビで放映しているアニメを時々観るくらいでした。

 

そんな話を夫にしたら、「嘘だろ? ダイの大冒険読んでんないなんて、嘘だろ?」と、本気で抗議。

へー、そんなに面白いんだ、それなら読みたい♪という流れになり、夫の家で読ませてもらうことになりました。

 

漫画本を読むために、夫の家に遊びに行きました。

ちょっとありえないかもしれないけど、夫を信用していたし、単純に漫画も読みたかったし。

初めて訪れた彼氏の家。

その言い方は少しくすぐったくてムズムズするけど、交際している人の実家に行くのは人生初でした。

 

車で入っていくとすぐに、農機具とビニールハウスが見えました。

庭には果物の木が植えられていて、蔵があって、縁側のある家がありました。

 

うきうきわくわくでした。

楽しくて仕方なかった。

恥ずかしいし緊張するけど、この家好きーって思いました。

 

初めてお会いする義母さんは太陽みたいにずーっと微笑んでいてくれました。

わたしの身の上のことは一切質問されず、

「緑茶とほうじ茶どちらがいい?」

「ようかん食べられますか?」

と声をかけてくれたのを覚えています。

 

夫の家の縁側で1時間くらい漫画を読み続けました。

その漫画の一コマで一生忘れられないのが

「人は誰でもいつかは死ぬ。

だから、一生懸命生きるのよ」

という場面。

 

ここを読んで号泣しました。

交際中の彼氏の家の縁側で号泣する30代。危ないですね、はい。

 

涙が出てきた理由は、亡くなった母を思い出したのと、一生懸命に生きていない自分に気づいたのと。

 

その辺りから、夫との距離が急に近くなったように感じました。

わたしも一生懸命に生きたい。

亡くなった母を心配させたくない。

自分も幸せになりたい。

そう思うようになりました。

 

 

【農家に嫁いで】

嫁いですぐの頃は、田舎ならではの洗礼を受けました。

 

ご近所さんたちの目が怖い。

ずっと見てるし、いつもコソコソ話してるし、値踏みされてる気がする。

 

 

普通に考えたら、30歳を過ぎた美人でもない不愛想な女が、突然田舎の農家に嫁いできたんだから、気になるよね。しかもわたしには両親がいません。

 

これは結婚してしばらく経ってから気づいたことだけど、嫁ぐときには「嫁入り道具」が必要だったんです。

 

社会の中では常識なんだろうけど、わたしは非常識な人間だったから、自分で嫁入り道具を購入して持ってくるなんていう気の利いたことはできなかった。

 

わたしの嫁いできた地域では、嫁が持ってきたものをみんなで拝見する(言い方w)習慣があるそうなんだけど、その辺りのことは義両親が前もってご近所さんにお話ししてくれてたみたいで、わたしの時は一切なし。

だからこそ、「身寄りのない女が嫁にきた」と、好奇の目でみられたんだろうなー。

 

田舎の朝の早さに驚き

プレゼントやおすそ分けなんていう言葉じゃ間に合わないくらいのご近所同士の野菜交換合戦に驚き

地域密着ゆえの暖かさに驚き

少しずつこの町に染めてもらって

馴染むことができました。

 

 

それは間違いなく義両親の人柄と心遣いのおかげなんだと、いまならよくわかります。

 

 

父を知らずに育って、父親という存在とどう接したらいいかわからなかった結婚当初。

 

義母さんとはすぐに仲良くなれたのに、義父さんとはいつも壁がありました。

その壁はわたしが一方的につくったもので、義父さんが嫌なのではなく、苦手だったんです。

 

嫁いできて、嫁という立ち位置を履き違えていた自分は、かなりのぶっとんだ行動をし続けました。

 

おやつに出すために【炊飯器ケーキ】を作りました。

得意げな感じで、「ミントの葉があればな~」なんて、かっこつけてつぶやいたり、思い出すだけで顔から火が噴きそうになる。

でも、おやつにケーキを出すのが「できた嫁」という勘違いがあったんです。

 

それを聞いていた義父さんが、

後日、家の庭にミントの苗を植えてくれました。

 

 

また別の日。

農家っていえば、大自然だから・・・ドライフラワーとか飾るべき?と

これまた凄まじい思い込みの結果、ラベンダーのポプリをこれ見よがしにぶら下げていたら、

義父さんが庭にラベンダーを育ててくれました。

 

 

義父さんは、突拍子のない行動をする30代の嫁に、いつも合わせてくれました。

わたしは父親としての義父さんを好きになる前に、義父さんの人間性を愛し、尊敬しました。

 

いまは、世界で一番大好きな人たちです。

義両親に会えたことを一生感謝していくと思います。

 

 

【コミュ障の子育て】

わたしには子供がふたりいます。

2歳、1歳の男の子です。

 

自分だけのために生きてきた30数年間。

妊娠・出産に対する憧れや、子育て願望は皆無でした。

自分には縁のない話だと思っていたし、家族を愛せる器ではないと感じていました。

 

それなのに、

神様はそんなわたしに宝物をふたつ授けてくださった。

 

自分の子供ができて、こんなにかわいくて愛しい存在があるんだと初めて知りました。

もう、やることなすこと全てがかわいい。

 

かわいすぎて、どうしたらいいのかわからない。

 

あ~かわいい!

も~大好き!!

く~たまらん!!!

 

そんな気持ちを持て余して、行き場を失った感情が爆発しました。

もうダメ。かわいすぎて我慢できない。

そういう状況になると、無意識に奥歯を食いしばってしまいます。

ぎゅーっと力をいれて歯を噛み続けていたら、顎関節症になりました。

歯医者さんでマウスピースを作ってもらい、夜だけ装着しています。

 

大切な子供二人。

もし夢がかなうのなら、わたしの母に抱かせてあげたかった。

そして安心させてあげたかった。

母さん、天国からみててくれてるよね。

 

根っからのオタクでコミュ障だったわたしも、子供のためならば努力をします。

最初の努力は【児童館デビュー】でした。

 

とにかく行きたくなかった。

知らない土地にあって知らない人たちが集まる場所。

きっと地元出身または近隣から嫁いできた若いお母さんがたくさん集まっていて、わたしなんてお呼びでない状態に違いない。

激しい思い込みがあったけど、同年代の子供たちと触れ合う機会を作ってあげたかったし、家で遊び続けるには限界があった。

 

夏は庭でプールをしたり、虫取りをしたし、木の実拾いや散歩、公園遊びもしたけど、いかんせん雨が続くと居場所がなくなる。

 

パワーがみなぎる2歳、1歳男児を楽しませるためには、児童館が最適だった。

 

重すぎる腰をあげ、軽自動車の後ろのチャイルドシートを2つくくりつけ、何度も児童館に通いました。

 

通っているうちに、嫌な思いも何度かあったけど、顔見知りのお母さんと世間話ができるようになったり、笑顔で挨拶できるようになりました。

息子たちもおもちゃの貸し借りや順番を守ることを自然と学んでくれています。

ありがたい施設。しかも無料。ほんっと助かる。

 

うん、人って(少しなら)変われるんだ。そう思いました。

 

 

【夫が農業を辞めたいと言った理由】

夫は、ずっと専業農家でした。

交際する前から農家だと知っていたし、裕福でないことも気づいていました。

 

わたしは農業の経験が一切なかったから、戦力外過ぎて申し訳ないと思いながらも、嫁として受け入れてくれた義両親や夫の期待に応えられるよう、少しずつ農業を教えてもらいました。

 

死ぬまで農家だと思ってたし、それでよかった。

いや。それがよかったのに。

 

わたしが次男を妊娠してすぐ、夫は家出しました。

最初は大型免許を取りに行くという名目で家をでましたが、いつになっても帰ってこず。

いつしかわたしたちは、夫の帰宅を半ばあきらめていました。

 

もうすぐ次男が生まれるぞ、という夏の暑い日。

ふらーっと家出から戻ってきた夫。

 

家出中、どこで何をしていたのか、どういうつもりだったのか、家族からの質問攻撃にも穏やかに答える夫。

 

なんやかんやといろいろあって、家出の前科がついた夫だけど、次男も生まれたことだし心を入れ替えて農業に精を出してくれると思っていたら。

 

サラリーマンになりたい

と言い出した。

 

意味が分からなかったけど、理由を聞いて夫なりの考えがあったんだと知った。

 

夫は家出中に、世の中は「ボーナス」とか「有給」であふれていることを痛感したらしい。

 

わたしは長い間派遣社員で働いていたから、そういった社会が当たり前(ボーナスはなかったけど)だった。でも自営業で農家をしていた夫は、外の世界に触れてみて、自分の属していた場所の小ささや保証のなさに気づいたそう。

 

 

台風がきて農作物に被害が出たり

日照不足、雨不足、害虫、いろんな理由で大打撃があるのに、全量収穫・出荷できた年でさえ、そこまで裕福な生活にはならない。

 

日の出から日の入りまで、休みなく働いていても退職金もない。

病気になっても有給がないし、厚生年金もない。

 

夫の言い分は、それはそれで的を得ていたし、子供が二人できたからこそ、この子たちのために安定した収入を得たいといわれると何もいえなかった。

 

そうして農家の後継ぎである夫の就職活動が始まりました。

 

その年の秋~冬は就活しても実を結ぶことなく全滅。

そして今年の繁忙期を過ぎた9月ごろ~再稼働。

結果、この町からあり得ないほど離れた場所にある会社に就職が決まりました。

 

2019年11月~勤務開始予定です。

コメント

  1. neko1219 より:

    泣けてくる!幸せになってと言ってますね

  2. メルディス樽美酒 より:

    ゆみちゃん、来たよ~(^o^)/

  3. かな より:

    アメブロ から飛んで来ました♡
    応援してるからね╰(*´︶`*)╯♡

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